sageszk's blog

ブログ更新をメインに活動中のバーチャルYouTuber

『バーチャルキャスト』で遊んだよ記念

バーチャルキャストで遊びました。

youtu.be

先日、『Vカツ』モデルを『バーチャルキャスト』で使えるように設定しました。せっかく調整したのでちょっとお試ししたいなあとうずうずしており、深夜ですが配信してみました。以前からちょいちょい触って配信したりはしていて、よくあるバーチャルYouTuberの中の人を前世に例える話で言うと、僕は「前世のパラレルワールド人格で『ニコ生』をして遊んでいて、また前世に戻ってきてその前世のアバター化した姿」みたいなちょっと複雑なレイヤー構成になった人間なのですが、まあ簡単に言うとネット用アカウントで遊んでました。(まあなんて簡単な表現!)

『バーチャルキャスト』のリリースからしばらくは毎週最低1回は配信するぐらいの勢いだったんですけど、忙しくなってからあんまり出来ていなくて、今使える機能を全部理解してなかったりします。1ヶ月経つとユーザー間の流行が変わっているのはネットサービス特有でもあるんですが、流行だけじゃなく機能もガンガン追加されていて「これってどう使うの?」みたいなことをログインする度に人に聞いたりして、日々の進化を実感しているところです。まだリリースから半年ぐらいなのに、半年ぐらいだからか、めちゃめちゃ対応が早くて驚きます。

『バーチャルキャスト』をやっていると、びっくりするぐらいみなさん優しくてびっくりします(語彙がない)。聞いたら教えてくれるし、聞かなくても役立つ情報を教えてくれる。これが“kawaii”の持つ力か……。『バーチャルキャスト』には凸という機能がございまして、凸(トツ)というのがいわゆる突撃のトツ。ここからは独自解釈なので間違ってたらごめんなさいなのですが、凸の由来はおそらく『突撃!隣の晩ごはん』あたりの突撃(=他人にいきなり話しかける行為)をネットスラングっぽく突撃→トツ→凸、としたのではないかと僕は思ってます。やらかした企業などに電話しまくる行為を電凸なんて言ったりもしますが、その凸と使い方は同じです。

そんな凸機能があるので、僕は基本的に凸待ちの姿勢です。誰か来たら受け入れる、みたいな。そうすると僕みたいにバーチャルの実績がない人にでも意外と凸が来るんです。いきなり現れて、知らない人と会話するっていうイベントが急に発生するのが『バーチャルキャスト』の面白さ。今回、『バーチャルキャスト』で初配信かつ予告なしの突発だったにも関わらず、遊びに来てくれる人がいるのが面白いですね。で、来てもらって特に何するでもなく雑談をするのですが、配信者がそのまま凸してくることもできたりして自由度が高いのも魅力的。配信といえば重要なのがコメントですが、そのコメントをお互いの配信同士で共有できるという機能がついてます。なので、コメントで賑わっている放送主がコメントが来ない放送主に凸した場合、お互いの配信がにぎやかになるといった具合になります。

で、「『バーチャルキャスト』ってバーチャルYouTuberなの?」みたいな疑問をふと思いついてしまった時、「はたしてそれはどうかな?」という感じなのですね。僕がこれまで話してきた『バーチャルキャスト』のユーザーは、「自分のアバターで動き回りたい、遊びたい」という気持ちはあるけど、「企画を考えて動画撮って編集してチャンネル登録者増やして…」って感じの考えではなさそうです。なんというか、「新しい遊び場が増えたし、かわいくなれるし、流行ってるっぽいしやってみよう」っていうところから沼にハマっていくみたいな。

面白いなあと思ったのが、全員が「バーチャルYouTuberのファンというわけではない」という点です。色々居るのは知ってるけど、俺らは俺ら、みたいな感じの印象。サンプル数が少ないので要検証ですが、全般的にそういう印象で、キズナアイさん中心に動くバーチャルYouTuber界隈とは別の次元みたいな、表現が難しいけど並行して成長している別軸ってな印象です。バーチャルYouTuberがアイドルとか歌手だとすれば、『バーチャルキャスト』のユーザーは歌ってみた踊ってみた、ぐらいの感覚なのかも。だとすると模倣のサイクルっていうか、業界の成長早すぎねえかって感じですけどね。とにかく、『niconico』ならではというか、まだまだユーザー文化が生まれる土壌が残っていたのは間違いなさそうです。

ユーザー文化の延長って考えると、これまでのバーチャルYouTuber的な「前世はタブー」的な世界観からまたちょっとずれるのですよね。前世、つまりは現実での姿やステータスみたいなものですが、現実とバーチャル世界とで別の人である、という暗黙の了解みたいなのがあったところ、自然と『バーチャルキャスト』が溶解していく感じになってたりします。なので、「前世は秘匿すべし」な人も、「人間は常にひとり!」な人もどっちも受け入れられる形にいずれ変わっていきそうな気がします。結局、コンテンツを生み出せる人はその人しかいないですからね。

“前世”とか“受肉”とか、思いついた言葉を適当に放って言ってるだけだと思うんですけど、前世が仏教用語で、受肉がキリスト教、って考えるとなんかなんでもいいんだな、って感じがして考えるのをやめるのが正解な気がしました。ごちゃごちゃ考えて意味を持たせてもいいけど、見出だせる頃には別の次元に進んでそうなのでもし暇な人がいたら今ある単語に文脈を与えてあげると考察厨大歓喜だと思いますのでどうぞよろしく。


ってかまとめを1週間続けるわ、って言った途端にこれだし何があるかわかんねえなあ!